人間がブラックすぎる企業

就職難、氷河期。

私は短大を卒業した20歳の時、社会に出て働き始めました。

 

その頃は就職困難で氷河期だと言われていた時期だったので、自分のやりたいことを仕事にするなんて夢のまた夢でした。

 

私は大学への編入を考えていたのですが、学費などの負担を考えて就職を選びました。何十社と会社から不採用通知が届き、その度に心が折れそうになりました。しかし卒業ギリギリに一社から内定をいただくことができました。

 

勤めた先は最悪のブラック企業

私は経理として採用され、同期は一人だけいました。彼女も同じ経理課配属でした。

 

古く小さな会社で、雰囲気はお世辞にも良いとは言えませんでした。初日に朝礼で前に出て挨拶をしましたが、女性社員の目がやたらと冷ややかであったことを今でも覚えています。

 

引き継ぎの先輩はとても好い人で、初めて会社に勤める私に優しく丁寧に指導をしてくれました。

 

ただその先輩と一緒に仕事ができるのはたった一週間だと聞き、普通は一ヶ月くらい居るものじゃないのかと驚きました。

 

一週間で全ての仕事を引き継ぐのは無理です。私はとても不安でした。その不安は、仕事面だけではなく、経理課の女性社員に対してもありました。

 

なんとなくはじめから嫌な雰囲気は感じ取っていましたが、引き継ぎの方がいなくなると、その嫌な雰囲気が突き刺さるようにわかりました。

 

こちらを見てクスクス笑ったり、私や同期が電話応対した後は、わざと大きな咳払いをし合ったりしました。

 

仕事を教えてくれるのは部長だけで、しかも指導能力がとても低く、だんだんに聞かなくなりました。

 

そして、私は毎日のように引き継ぎの先輩に電話をかけ、仕事でわからない部分を聞いていました。

 

退職のきっかけとなった事件

就職をして半年が過ぎると仕事にも慣れ、同期ともよく話すようになりました。

 

そんななか、同期の物がよく無くなるようになったのです。最初は鉛筆がない、電卓がない等から始まり、最後には仕事用の靴がなくなりました。

 

ショックで落ち込む彼女に代わり、私は部長にそのことを話しました。すると部長は「勘違いじゃないの?」と薄ら笑いで言われ、取り合ってくれなかったのです。

しばらくすると私にもいじめが降りかかるようになりました。ロッカーに無数の傷があったり、机が濡れていたり。最終的には服を切られていました。

 

ただ私は同期のように落ち込むタイプではないので、直ぐに社長の元へいきました。部長は取り合ってくれないからです。

 

しかし社長も「それは上司の仕事だから」と笑ってごまかされました。

 

同期も同じような目に遭っており、精神的に病んでいるのを見て私は堪忍袋の緒が切れました。

 

そして仕事中みんなが揃っているときに部長に切られた服などを見せ、大きな声で「警察に言います。」と言いました。

 

その時の部長の慌てぶり、そして数名の先輩方の焦り方は今でも忘れられません。部長からは警察はやめてほしいと言われましたが、私は被害届を出しました。

 

結局犯人はわからずじまいでしたが、目星はついていたのでその人とすれ違うときに「知っていますよ。」と呟きました。

 

それ以来いじめはなくなりましたが、こんなブラック会社にいたら自分の価値が下がると思い、退職をしました。

 

後にも先にも私が見た底辺の会社はあそこだけです。

 

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